売り切れだった『本牧本』を増刷することになりました。ただ今、一生懸命に作業中です。発売日が決まったらお知らせいたします。
今しばらくお待ちいただきたいと思います。
2017年12月12日火曜日
2017年10月28日土曜日
『本牧本』の販売所が増えました
10月1日に発行された『本牧本』。なかなか売る場所がなかったのですが、各種施設やお店で買えるようになりました。1冊500円。お買い得ですよ!
さて、その場所ですが…
まずは中本牧コミュニティハウスです。アクセスはリンク先のHPをご覧ください。
さて、その場所ですが…
まずは中本牧コミュニティハウスです。アクセスはリンク先のHPをご覧ください。
『本牧本』について
「本牧」を愛する人たちに、その知られざる魅力をそっと伝える、読むと自然に本牧ツウになってしまう、そんな思いを4南元気なまち運営委員会の編集チームが心に秘めて、この『本牧本』を作成しました。その結果、≪本牧が大好きな人≫が大量発生してくれたらいいなあ、というのが私たちの願いです。
この本は年齢に関係なく、多くの人に読んでいただきたいという思いから、小学校中学年以上であれば読める分かりやすさを心がけました。また、電車の1駅区間でもちょっと読み進められるよう、一話完結の構成を基本として、いつでも、どこからでも開いていただけます。
その主な内容
Part1 本牧ってどこ?
本牧を構成した6つの村/人々は村時代にどこに住んでいたか/「チンチン電車」と本牧通り…等、本牧の成り立ちについて、いろいろな切り口から眺めています。
Part2 本牧ビフォーアフター
本牧の鎮守様「本牧神社」(十二天社)/本牧への3トンネル物語/エリアⅠ・エリアⅡのこと/あっちに行ったりこっちに来たり山手警察署…等、今ある施設の移り変わりを眺めています。
Part3 本牧トリビア
里山で育てる茅や麦/ホンチのこと/本牧通りに花屋が多い理由/謎の中華そば・バンメンは本牧が発祥地か?/222系統のこと…等、思わず「へぇ~」と言ってしまう話をまとめました。
Part4 本牧八景を作ってみた
あちこちにある「○○八景」って何?/既にある八景に含まれる本牧/編集メンバーが勝手に選んだ「本牧八景」…等、この町を歩いてみたくなるスポットを八景で紹介しています。
Part5 本牧うんちくツアーの全貌
うんちくツアーのはじまり/うんちくツアーマップ/「うんちく話あれこれ」/今は無き「うんちく店」…等、店主の商品に関するウンチクやこだわりを聞きながら、商店街を巡ったツアーの報告。美味しいお店も多数登場。
Part6 本牧通り商店街偉人伝
佐久間遵一さん(都屋寝具店)/柳田賢次さん(喫茶アンデルセン)/渋谷英行さん(ボングー洋装店)/瀧川孝夫さん(惣菜たきかわ)。今は亡き店主の生きざまを描いた物語。
Part7 本牧4南元気なまち運営委員会のこと
組織の結成と活動の目的/運営委員会のリーダーが一言…等。
Part8 本牧データあれこれ 『本牧本』が選んだ本牧Books/本牧ゆかりの映画/本牧にちなんだ歌の数々/本牧の話題が豊富なサイト
以上が主な内容です。
2017年8月5日土曜日
2016年8月19日金曜日
2016年7月7日木曜日
2015年9月18日金曜日
50年前の中区を振り返る 石田栄一写真展@中図書館
生まれも育ちも本牧箕輪(本牧2丁目)の石田栄一さんが撮りためてきた写真が、横浜市中図書館で展示されています。
昭和30年代が中心で、港、本牧、伊勢佐木町などの風景や、ポートレートを眺めていると、当時を知らない人でもなんだか懐かしくなってきます。
展覧会は9月29日(火)まで。
昭和30年代が中心で、港、本牧、伊勢佐木町などの風景や、ポートレートを眺めていると、当時を知らない人でもなんだか懐かしくなってきます。
展覧会は9月29日(火)まで。
中図書館の2階です。
実行委員会のごあいさつ。
本牧の重鎮、嶋田昌子さんからの祝花。
石田薬局の従業員からも。
横浜港。
伊勢佐木町。
そして本牧。
本牧通りのパノラマ写真。
関内や山手の写真もあります。
ここは図書館なので、関連図書の展示も。
posted by よんなん
2014年8月27日水曜日
2013年8月17日土曜日
「ヨコハマのサギ山」作者の平塚武二と亀の子石
平塚武二(1904-1971)という児童文学作家がいた。
平塚武二は横浜(本牧?)で生まれ、青山学院を卒業したあと鈴木三重吉に師事し、昭和17年(1942年)に童話集『風と花びら』を発表している。
戦前から戦後にかけて活動した作家で、昔の横浜の情景を鮮やかに描いていることで知られているようだ。
その辺の活動が評価されたのだろうか、昭和39年(1964)には横浜文化賞を受賞している。
彼の作品群のなかに『ヨコハマのサギ山』(昭和23年)というのがある。
その内容については、以前の記事に書いてあるが、平塚武二の実家は平塚組という土木業者だった。
横浜電気鉄道株式会社による電車鉄道は明治44年12月に敷設され、本牧地区では山下町西ノ橋~木牧町字宮原間に開通した。
停留所は麦田町、上野町、千代崎町、台、小港、宮原で、軌道わきには新しく人道ができた。これらの停留所の周辺から人家が建てられていき、そして大正13年4月には、字三之谷まで延長された。
電車を三之谷まで引っぱって来ることができたのは、原三溪の力によるという。彼の地所を借りた人には1年間電車の無料パスを発行するというような住宅誘致策をやり、それからどんどん住宅地ができていったのである。
一帯の整地工事は、平塚組が請け負い、田んぼや沼を埋立て盛土した。経営者の平塚福太郎は土木事業のほかに、明治44年(1911)12月には三之谷に本牧花屋敷も建てている。
敷地内には池や滝、小さな動物園や水族館、演芸の常設場もあった。
本牧三之谷・桜道沿いに、俗にいう「亀ノ子さま」の祠がある。ここに亀の子石が祀られていて、百日咳などのときにタワシで洗うと咳が治るといわれている。
平塚組という会社は現在、存続していないようだが、その名残をこの「亀ノ子さま」の中で見ることができる。祠の前に石造りの小さな香台が置かれており、その側面には「平塚組」という文字が刻まれているのが確認できるのだ。
posted by ほんごう君
平塚武二は横浜(本牧?)で生まれ、青山学院を卒業したあと鈴木三重吉に師事し、昭和17年(1942年)に童話集『風と花びら』を発表している。
戦前から戦後にかけて活動した作家で、昔の横浜の情景を鮮やかに描いていることで知られているようだ。
その辺の活動が評価されたのだろうか、昭和39年(1964)には横浜文化賞を受賞している。
彼の作品群のなかに『ヨコハマのサギ山』(昭和23年)というのがある。
その内容については、以前の記事に書いてあるが、平塚武二の実家は平塚組という土木業者だった。
横浜電気鉄道株式会社による電車鉄道は明治44年12月に敷設され、本牧地区では山下町西ノ橋~木牧町字宮原間に開通した。
停留所は麦田町、上野町、千代崎町、台、小港、宮原で、軌道わきには新しく人道ができた。これらの停留所の周辺から人家が建てられていき、そして大正13年4月には、字三之谷まで延長された。
電車を三之谷まで引っぱって来ることができたのは、原三溪の力によるという。彼の地所を借りた人には1年間電車の無料パスを発行するというような住宅誘致策をやり、それからどんどん住宅地ができていったのである。
一帯の整地工事は、平塚組が請け負い、田んぼや沼を埋立て盛土した。経営者の平塚福太郎は土木事業のほかに、明治44年(1911)12月には三之谷に本牧花屋敷も建てている。
敷地内には池や滝、小さな動物園や水族館、演芸の常設場もあった。
本牧三之谷・桜道沿いに、俗にいう「亀ノ子さま」の祠がある。ここに亀の子石が祀られていて、百日咳などのときにタワシで洗うと咳が治るといわれている。
平塚組という会社は現在、存続していないようだが、その名残をこの「亀ノ子さま」の中で見ることができる。祠の前に石造りの小さな香台が置かれており、その側面には「平塚組」という文字が刻まれているのが確認できるのだ。
posted by ほんごう君
2013年8月16日金曜日
本牧漁港でランチ
今年の「本牧のお馬流し」では、手漕ぎの和船が復活した。
その記事が本牧中台のホームページに掲載されている。
漁港には「叶家」という食堂があり、どなたでも食べることができる。
これは、ある日のランチでいただいたもの。
サバ味噌煮定食(800円)。
美味しい!
posted by 本牧子
その記事が本牧中台のホームページに掲載されている。
漁港には「叶家」という食堂があり、どなたでも食べることができる。
これは、ある日のランチでいただいたもの。
サバ味噌煮定食(800円)。
美味しい!
posted by 本牧子
2013年8月15日木曜日
ガス山
中区本郷町にガス山通りがある。
その名称の由来は、ガスタンクがあったことによるのだが、今までタンクの写真を見たことがない。
今回、はじめて映像として確認できたのは航空写真。
ガス山公園の位置に丸いタンクが写っているのだ。
posted by 本郷君
2010年4月8日木曜日
本牧で商店街うんちくツアー 本牧・本郷町の歴史を語る編
本牧ナポリタン試食のあとは、中区歴史保存会の大谷卓雄さんによる「町の記憶
~写真とお話で振り返るチョット前の本牧~」と題した講演が行われた。
まず最初に映し出されたのは、この日会場となった上台集会所の位置にかつてあった市場の写真。
当時は本牧公設市場という名称で、関東大震災前の大正7年12月にオープンした。
『横浜近代史総合年表』(有隣堂/松信太助編/石井光太郎・東海林静雄監修)によれば、本牧町字上台に市設上台小売市場が設置されたのは大正15年6月。
そこから考えると、本牧公設市場は震災で倒壊し、その後、上台小売市場として再出発したのであろうか。
いまのような住宅を含む複合的な建物になったのは昭和47年である。その2年後、ビルの2階に上台集会所が設置された。
何年か前、市設小売市場が廃止されたとき、上台市場は「グルッペ本牧」として生き残ってきたのだが、昨年それも閉店し、現在、跡地にはスーパーマーケット「上州屋」が入居している。
さて、そんな市場の歴史話のあとは、この地域に関係する有名なものが2つ紹介された。
一つは外国人墓地の向か側にある山手資料館。横浜に唯一現存する明治時代の木造洋館だ。
この素敵な洋館は2度の移築を経て現在地に建っているのだが、最初に建造されたのは、この上台集会所があるすぐ隣の場所だったのである。
詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。
http://sns.hamatch.jp/blog/blog.php?key=21439
もう一つは尾崎士郎の『人生劇場』に登場する飛車角というヤクザ。彼は実在の人物で本牧に住んでいた。
私はその箇所を読んだ記憶がないのだが、大谷さんの話では「飛車角が千代崎町の暗がりから飛び出してきた…云々」と書いてあるそうだ。
千代崎町で生まれ育った神奈川近代文学館館長・紀田順一郎氏はホームページでこんなことを書いている。
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尾崎士郎の『人生劇場』に登場する飛車角というヤクザも、新潟出身の実在の人物で、一時本牧に住んでいたことがある。
行きつけのパン屋の老主人がこの飛車角の知り合いで、私が学生時代まで、夏になるとクリカラ紋(入れ墨)の上半身を見せびらかしながら夕涼みをしていたのを思い出す。
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大谷さんのお話は時間の都合で15分間と短かったのが残念。
でも、また次回がある。それまで楽しみを取っておこう。
2009年11月9日月曜日
本牧の香り
本牧・本郷町で感じる3つの香り。
それは“アメリカの香り”、“昭和の香り”、そして“海の香り”である。
本牧通りに点在するカフェ・バーやアメ車販売店、輸入衣料品店などに、米軍接収時代の名残が垣間見られるし、本郷町から本牧2丁目にかけての商店街には、“三丁目の夕日”に出てきそうなお店があったりして、あまりの懐かしさについ涙ぐんでしまうほど、昭和レトロの雰囲気が漂っている。
▲アメリカの香り
▲昭和の香り
そして、かつての海岸線は埋め立てられて海が遠くなってしまったとはいえ、いまだ本牧漁港は健在だし、江戸前ならぬ“牧前”の魚を扱う料理店や魚屋もある。
エリア内に長く住んでいる古老たちとお喋りをしていると、漁師町だった頃の心意気がヒシヒシと伝わってくる。
▲海の香り
本牧というのは、そんな3つの香りが混じり合った町だと思っていたのだが、実はもうひとつあることに気がついた。
それは“中華の香り”である。
関内から来た車が山手隧道(麦田のトンネル)を抜けると、ラーメン屋、中華料理店がいくつも現れる。
中華街のように店舗が密集しているわけではないが、一軒一軒が個性的で実力派揃いなのである。
なかには創業以来100年近い歴史のある老舗も。
また、エリア内には中華街で料理店を経営する方々が多数住んでいるし、さらに、本牧市民公園に行けば「上海横浜友好園」もある。
ということで、本牧の香りは4つになった。
アメリカの香り
昭和の香り
海の香り
中華の香り
それぞれが単独で香る町は、横浜にたくさんある。しかし、これらが混じり合った町というのは、ここ本牧しかないのでは。
奥の深い町である。
2009年10月29日木曜日
27年前の新本牧地区
昭和53(1978)年、新本牧地区区画整理事業が都市計画決定されると、エリア内はいよいよ慌しくなり、昭和56(1981)年には、米海軍横浜海浜住宅PX広場で、最後の日米親善盆踊り大会が開催された。
写真がないのが残念だが……。
昭和57(1982)年、建設省が新本牧地区土地区画整理事業認可。
同じ年に、横浜海浜・新山下・根岸の各米軍住宅地区返還、地権者全員と街並み統一を目指す建築協定締結、新本牧地区土地区画整理事業基盤整備着手と、事業が一気に進んだ。
2009年10月27日火曜日
中本牧コミュニティハウスの前身は……
2009年10月27日(火)
中本牧コミュニティハウスは、地域の方々の「ふれあい」や「交流」を図る場として2002年にオープンした。
図書室、交流コーナー、プレイルーム、会議室、学習室、多目的室などがあり、なんと部屋使用料は無料!
子育て中のお母さんや、小中学生が立ち寄ったり、各種講座に参加する人たちでいつも賑っている。
この建物がコミュニティハウスになる以前、ここは中区青少年図書館(1967年開館)だった。
さらにその前を辿ると、山手警察署として使っていたこともある。
その前は福祉系の施設だったという話も聞いた。(ご存知の方がいらしたら教えてください)
ここは中本牧コミュニティハウス横にある「子供の遊び場」。
曲がりくねった道路のような園路は、かつての「交通教室」の名残だ。
山手警察署時代に造ったのだろうか?
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